東北大学総合学術博物館

THE TOHOKU UNIVERSITY MUSEUM

深海底の証拠を求めて

地向斜やプレートテクトニクスの概念が成り立っているのは日本列島だけではありません。この考え方は地球上どこでも共通の理解です。ここまで近代から現代にかけての陸地形成の理論について説明してきましたが、これらの理論は必ずしも専門家のほとんどが常に支持した理論というわけではありませんでした。

ナウマンの概念は地向斜の説明とは異なっていますし、日本列島の地向斜形成モデルについても、そもそも、第3回のプレートテクトニクスの発展でも説明したように、1968年の深海掘削計画第3次研究航海でプレートテクトニクスが実証されて以来、むしろ、プレートテクトニクスの概念で日本列島形成を論じる研究者も増えていった時代でした。

アメリカとアフリカが、かつては一続きの大地でありながら、現在では2,000km以上も離れたことを知ってしまうと、それ以前とは地質学の議論も全く変わっていきます。陸地が大きく水平方向に移動する概念を日本列島に当てはめるのであれば、日本列島は一体どこからきて現在の形になったのでしょうか?

1970年代から1980年代にかけて、日本で大きく議論された地質学の課題は、プレートテクトニクス理論で日本列島がどのように形成しているかという理論的な整合性をつけることだったと言っても良いでしょう。

本企画でも第2回、第3回で紹介した海洋掘削と海底下構造探査は、1970年代後半に日本周辺海域の調査結果が報告されていきました。現在の認識につながる海洋掘削や海底下の地質構造が、実際の科学データとして多くの専門家の目の前に示されていきました。

この2つのデータからは、西南日本の南には水深約4,000mから4,500mの南海トラフと呼ばれる谷地形があり、それは、現在ではフィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界であり、四国や紀伊半島で発生する地震がこのプレート境界を示すかのように深さ100kmまで続いていることが明確になってきました。さらに、南海トラフ上部の地層は非常に分厚い堆積物で覆われており、つまり、プレート境界部分は分厚い堆積物で埋め立てられて平たい地形になっていることが判明してきました。

この堆積物はどこからきたのでしょうか? 堆積物の調査やその結果については次のページで解き明かしていきます。

参考文献:
平朝彦(1990)日本列島の誕生、岩波新書、226p .