プレートテクトニクス理論が証明されていく中で、いつしか地向斜の理論は教科書に取り上げられることもなくなりました。地向斜とプレートテクトニクスの議論は何の意義があったか、改めて振り返ってみましょう。
地向斜理論は、当時も否定的な意見もあったとは言え、深海底調査の存在しない時代に行われた陸上調査結果の多くは地向斜理論でも整合がついていました。現代でも深海底調査に関わる専門家は限られているだけに、さらにかつての深海底調査結果が限られる時代はプレートテクトニクス理論が全ての専門家に受け入れられたわけではありませんでした。
そのような状況下で、地向斜とプレートテクトニクスそれぞれについて専門家が議論を尽くしたからこそ問題点がより明白になっていき、深海底調査がこれらの疑問を解決するための重要な手段であることも、多くの専門家や政府関係者の間で認識されたといえるでしょう。
プレートテクトニクス理論が構築された時期は、日本でも深海研究を推進する研究所である海洋科学技術センターが1971年に設立され、1983年代には「しんかい2000」、1990年には「しんかい6500」の運航が開始されます。この時期は、日本列島周辺深海域の調査がそれ以前よりも格段に進展した時期でもありました。
プレートテクトニクス理論により日本列島誕生のモデルが構築されると共に、南海トラフ域や日本海溝をはじめとする、プレート境界部分で発生する海溝型地震、そして、内陸型地震や火山噴火のリスクも認識されていきました。現在では、南海トラフ域には日本海溝と並び、世界一とも言える観測網が敷かれています。さらに、日本のみならず、世界の研究者が研究対象とする、国際深海掘削計画の主要調査海域にもなり、地球内部探査船「ちきゅう」の誕生にもつながっていきました。