東北大学総合学術博物館

THE TOHOKU UNIVERSITY MUSEUM

付加体でできた日本

「日本列島が形成したのは、地向斜のくぼみに地層が堆積したためではなく、プレートの動きによって、深海底から次々に地層が押し付けられたいるためである。」

プレートテクトニクス理論と日本列島の地層の出き方が理解されてからは、さらに日本列島全体についてもプレートテクトニクス理論で解釈していく動きが活発になりました。

ここで、南海トラフに分厚く堆積している地層がどこから来たのかについても考えてみるにあたり、南海トラフの海洋掘削を改めて見てみましょう。

南海トラフは駿河湾から続く谷地形です。

駿河湾の先の陸地は富士川河口です。富士川の水源は南アルプスの山々で、これらの山が侵食されてできた土砂が富士川によって運ばれて駿河湾に流れ込みます。駿河湾地域は東海地震の震源域でもあり、この地震が起こることで、駿河湾に堆積した地層は地滑りを起こして、南海トラフを伝いながら乱泥流となって和歌山や四国の沖合まで約600kmも流されます。

この仮説を支える証拠として、南海トラフの掘削で得られた地層中には火山から噴出した岩片も含まれており、これら岩片の成分分析を行うと、伊豆から箱根にかけて特徴的に出てくるピジョン輝石という鉱物が含まれていることなどが確かめられました。

富士川を流れる土砂は南アルプス標高3,000mを超える山の峰から、水深4,000mを超える深海まで移動していることがわかっていました。

富士川に流れ込む南アルプスの峰々は、元々、日本列島から離れていた島々がフィリピン海プレートに運ばれて日本列島にくっつき伊豆半島となり、同時に日本列島を南から押すことにより、本州側には圧縮の力によって地層が押し上げられて形成しました。

フィリピン海プレートが日本列島に沈み込むことでできるのは山脈だけではありません。先のページで挙げたように、西南日本の海底には、フィリピン海プレートの沈み込みにより、南海トラフから本州側に押し付けられている地層がずっと続いています。これらの地層は陸地まで続いており、昔から今現在までずっと地層が押し付けられ続けています。 つまり、西南日本の地層は富士川をはじめとする河川などから南海トラフを伝って流れてきた堆積物がフィリピン海プレートによって日本列島側に押し付けられ続けて、ついには陸地になった地層たちなのです。

このようにプレート移動に伴い地層が押し付けられることを「付加作用」と呼び、付加作用によってできた地層を「付加体」といいます。日本列島の土台は、このような付加作用によってできた付加体であると言えるでしょう。

現代では、地球の表面はプレートと呼ばれる大きな岩盤に分かれており、これらのプレートが動くことによって、地震や火山などの現象が起こり、日本列島の地形のほとんどもプレートの動きに起因しているということは当たり前のように理解されています。

さて、プレートテクトニクス理論とそれに伴う日本列島の形成モデルが確立され、人々の地球観は大きく変化しました。

参考文献:
平朝彦(1990)日本列島の誕生、岩波新書、226p .

平朝彦(2004)地層の解読、岩波新書、441p .

平朝彦、海洋研究開発機構(2020)地球科学入門.地球の観察−地質・地形・地球史を読み解く、講談社、210p .